| 2001/12/06 |
■プレゼンテーション■ 講演者:堀 主知ロバート |
まずサイバードの日本市場での役割についてお話する前に、iモードの例を取りまして、いったい携帯とはどうなってきたのか、それを私どもがどう見ているのかご説明をしたいと思います。 1999年の2月にiモードはスタートしました。それがスタートする前に、私が最初にモバイルインターネット・ビジネスを提案するために通信事業者へ出向いたのは1995年。ちょうどネットスケープというブラウザソフトが日本に紹介された翌年です。 「携帯電話で色々なゲームがダウンロード出来るようになれば、我々がゲームを作って、ユーザーの皆さんに使っていただくというビジネスができます」とお話をさせていただいたのですが、当時はそのような発想がなく、お会いいただいた担当者に「何をばかなことを言っているのだ」と怒られてしまいました。 その後、約3年半かけて、携帯電話でインターネットを使うとすればどのような技術やビジネスモデルが必要なのか、どのようなサービスが受け入れられるのかという事を、通信事業者、メーカー、コンサルティング会社など各社が考え準備を致しました。 そして、1998年の12月、ドコモが初めてiモードの概要を世の中に発表する記者会見を、数百名入る会場を用意して開かれました。関係者一同、胸をわくわくさせて会場に到着しましたが、残念なことにたった6人の新聞記者にしかお集まりいただけませんでした。ドコモ関係者のある方は、会場内のついたての後ろで悔し涙を流されていたそうです。私も「本当に大丈夫だろうか」と非常に心配しましたが、その後各社が多大なる努力をされて、1999年の2月にiモードがスタート致しました。 iモードが始まった当初は、コンテンツプロバイダーもモバイルサービスを提供されている会社もほとんどなく、たった67のコンテンツでiモードはスタートしました。これは我々のようなベンチャー企業、またはドコモと非常に親しかった会社が中心になって始めたわけです。 そして、約6か月の間に100万台のiモードが売れました。100万台もいくと次第にマスコミが「これは面白い」と察知し始め、多くの雑誌がiモードコンテンツを取り上げ出しました。そうなるとコンテンツ、つまり音楽やキャラクター関係やゲームをお持ちの会社が「ビジネスモデルもあるし、これは自分たちが持っている商品を売るための新しい流通手段として良いのでは」と考えるようになり、弊社のお客様の中で、例えばディズニーさんのような大きな会社までが真剣に取り組み出しました。 このようにして、すごく楽しい、便利で使えるコンテンツが増えたのです。そうするとますます利用者が増えて、端末もどんどん進化してきました。カラーになり、着信メロディも16和音になり、JavaTMが使えるようになったという色々な進化がありました。ずばり、このときに携帯電話はメディアミックスとして認められたと私どもは考えております。この頃はコンテンツビジネスに大きなチャンスがありました。 時が経つにつれて、モバイルインターネットにアクセス可能な携帯電話の浸透率がどんどん上がってきました。そして、iモードユーザーの実に95%の人たちが、週に1度はiモードを使ってネットにアクセスしています。つまり、フリークエンシーが非常に高まってきたわけです。 非常に大きな事業をお持ちの会社、例えばゼンリンさん、千趣会さん、ファミリーマートさん、HISさんなどが「これは事業を広げるために有効なマーケティング手段になる」と考え出しました。百貨店業界の方も、カタログ通販業界の方も同じように考えていたと思います。どうすればお客様からもっと注文をもらえるかをどんどん考えている時代です。ですから、携帯電話はメディアミックスのひとつから、マーケティングミックスのひとつとして認められ、今まさに脱皮をしようとしているのではないでしょうか。 |
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